たいこ


私の住んでいる町内は、この時期になると小学生以上のこどもに太鼓の練習をさせます。


基本的には自由参加ですが、けっこう子供たちが集まります。


我が家の場合は長男が小学生になったため、今年からたいこの練習に参加です。


地元のお父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんらが子供たちに一生懸命太鼓を教え、子供たちが真剣にタイヤ(たいこの練習台)をたたき、小学生に満たない弟や妹が横で見ています。


こんな風景が当たり前の南房総は、日本の良き伝統を継承しており、時代の変化のスピードに対し、スローな変化を望んでいる証拠ではないでしょうか?
私も館山に来て2年もすると、こういう地域ぐるみの寺子屋的な関係が、大変居心地よくなってきます。


バブル崩壊後、世の中がめまぐるしく変化し、変化についていけない企業がバタバタと倒産し、強引に勝ち組、負け組と2極化させようとする雰囲気に最近違和感を感じます。


私の求めている社会は、たいこの練習のように、世代を超えた仲間作りだと思っています。


そうです、“元気な人が、元気のない人を支えて暮らすのが当たり前な社会”
これが私が求めている社会です。


誤解をされては困るのでもう少し細かく言うと、元気な人というのは、社会的に成功しているとかそういうものでなくて、単純に調子のいい状態の人のことで、元気のない人というのは、いろいろな環境や出来事で落ち込んでいるような人のことです。


私も人間ですから、元気のない人になることもあります。


今日の一言
 「“元気な人が、元気のない人を支えて暮らすのが当たり前な社会”
これが私が求めている社会です」